絵を描いたり、音楽作ったり、ボクシングしたり、きれいな川を探したり、そんな時にたまに何か書くかも。40代後半のおやじです。
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2010/08/09(Mon)

新聞から始まる思考-4

「責任」という言葉の具体的イメージがつかめない僕は、「誹謗中傷」「名誉毀損」という言葉も正確な意味をつかめてない気がする。事実無根の悪口を言いふらすことが良くないのは常識ある人間なら誰でも納得できると思うが、事実を述べても「誹謗」や「名誉毀損」に触れるようで、僕としては道徳的に混乱。下手すると、誰かの悪巧みを告発しても「名誉毀損」と言われかねない。

「名誉毀損」について、ちょっと調べてみた。検索結果に『「おなら」の告発は名誉毀損になるか』というのがあったので読んでみると、TV番組での放送内容についての話だった。

書かれてある詳細を割愛して放送の内容を説明すると、混んだエレベータ内で男性Aと女性Cが近接した位置におり、社内でマドンナと言われるほどの美人である女性Cが音を立てておならをした。エレベーター内にいる人々はまさかマンドナCがおならをしたとは思わず、男性Aを嫌な顔で見つめたので、男性Aは無実を晴らすために「今のは、僕じゃないですよ。C子さんです」と言ったというもの。この場合、名誉毀損罪が成立するか否か、ということらしい。

で、このお題を提示したTV番組中のある弁護士は『名誉毀損罪が成立する』と述べたのだそうだ。理由は「C子さんが社内でマドンナと呼ばれていた立場から考え、今回の件による名誉失墜は大きいと言わざるを得ない」だとか。

僕はそのTV番組を見ていないけれど、濡れ衣を回避するために真実を述べるだけで罪に問われるなんてことが本当にあるなら、この国は救いようがないなと思う。また女性Cが美人であるかどうかが問題にされるということは、Cさんが美人だから有罪、Cさんがブスだったら無罪かもと言っているようなもの。こんなことをまじめに弁護士がTVで言ったのが事実なら呆れた世の中だと思う。

う〜ん・・・名誉毀損罪は「事実の有無、真偽を問わない」らしいので、事実を述べても名誉毀損だというのは、特別な場合を除いて、法がどこか病んでいるとしか思えない。しかも、相手の質によって罪か否かが変わるなんて、たとえば前科者が詐欺を働いた事実を述べるのは名誉毀損にならず、エリートや名士が詐欺を働いた事実を述べたら罪に問われるみたいで怖いなぁ。これは行為の如何ではなく、人間をはなから平等に見ていない精神の現れだと思う。

事実を述べたことで名誉毀損罪とならないケースは、その事実が「公共の利益」に関する事柄かどうかが問題になるらしい。そうするとエレベーターでの男性Aが述べたことは、公共の利益に結びつきそうに思えない。男性Aは理不尽に真実を伏せなければならなそうだ。男性Aの立場が、男性ではなく女性だったらどうなるんだろう? それも「マドンナ2号A」だったら? マドンナ2号Aの名誉はどうなるんだよぉ〜? と、こういうことを論じなければならないこと自体、不平等。


う〜〜〜〜ん「名誉」ってなんなんだ??? 調べてみると「社会に存在するその人の評価」「優れている・価値があると世間に認められること」などの言葉を見つけた。じゃあ、世間がその人の何に対しても価値を認めなかったら、その人には「名誉」ってものはないわけで、どんなこと言っても「名誉毀損」にならないのかな?


マドンナCがおならをしたにもかかわらず「私じゃありませんよ。A子さんです」と言い返して、A子とC子双方が相手を名誉毀損で訴えた場合、A子さんがブスでしかも世間から無価値と思われている存在だったら、A子さんは有罪でマドンナC子さんは無罪?・・・そんなバカな! 真実を曲げ、自分のおならをブスのA子さんのものとしたマドンナC子は、嘘をつくという罪を犯しているのだが、公共の利害に関しない限り『事実の有無、真偽を問わない』らしい名誉毀損罪においては、嘘つきマドンナC子に有利に働き、真実しか語っていないブスで無価値のA子に不利となるじゃないかぁ。



法律は、ブスで無価値と世間から思われているA子さんに

「マドンナC子さんが濡れ衣着せたと言われますが、名誉毀損罪というのはですねー、公共の利益に関しない限り、事実の有無や真偽は関係ないんですよ。嘘であれ本当であれ結局はですね、あなたがオナラをしたんだとC子さんに言われたところで、あなたに社会的名誉はないから、何も問題ないですよね」と言い

一方、嘘つきマドンナC子さんに

「周囲からマドンナと言われるほど、あなたには社内での立場があったのに、おならをしたとイメージを落とされるのは損失ですね。たとえ本当にあなたがおならをしたんだとしても、公共の利益の問題じゃない限り真偽は関係ないんです。嘘であれ本当であれ、美人のあなたに「オナラをした」と恥をかかせたA子さんは罰しますね」

と言うのだろうか?

「名誉」「名誉」って、その前に、全ての人に平等に与えられるべき『人間(個人)の尊厳』はどうなるわけ?????


事実であっても公示すべきでないものがあることは分かる。簡単に思いつくものでは、たとえば両者間合意の(さらに付け加えれば不倫ではない)性行為を第三者が公にするとか、社会のなかで差別意識の残る問題に絡むこと。罪を償った人間の過去をいつまでもいつまでも執拗に晒すなど。

でも、そうしたこと以外の事実で、他人に知られては困る行動に出て他人に害を与えたり傷つけたりしても、それが公共の利害に関係なければその人の名誉を守ろうとし、事実を口にした者を罰しようとするのは、まともな法律なんだろうか? 名誉を損なうような行為によって、その人が名誉を失うのは、それこそ、その人の『責任』じゃないんだろうか。そこのところを問わずに、前記事で書いた「表現者の責任」だけを問われても、人としてまともな結論が導き出せるとは思えない。

ただ、一つハッキリしていることがある。

事実を報じられて『名誉毀損罪』で訴えた者は、自らの行動が名誉に関わる恥ずべきことだと自認しているということだ。たとえ法が真偽を問わないとしても、告発する側に事実を証明できる準備があるならば、悪事を行いながら名誉毀損に訴える者には、実は大きな社会的リスクが待つことになる弱点がある。

気分次第でつづく・・・・

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タグ : 新聞 ネット 表現 名誉毀損

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2010/08/06(Fri)

新聞から始まる思考-3

「ネット」+「実名」で検索すると、「実名で議論すべき」みたいな記事がいろいろあった。

で、議論ではないけれど、政治家や有名人など特定人物を一方的に引っ張り出していろいろ書いたりする新聞とか雑誌の記事って、どうなんだろう? その記事を書いた人が堂々と自分の実名を記載してるのなんて、あまり見ない気がする。

僕は自分が新聞に出た時、悪いこと書かれたりしたわけじゃないので、現時点で個人的にとやかく言うつもりはない。ただ、単なる事実として提示すれば、自分の名前とか、顔が出てる写真とか、どの辺りに住んでいるとか、そういう情報が新聞社の手によってネット上に公開されちゃっているわけで、でもそれを書いた記者の個人情報は全く書かれていない。

「新聞社や雑誌社は、その責任者なり代表者の名前が明示されている」という考えもあるかもしれない。でも、それならブログだって同じだ。ブログを提供している企業がその企業名を明かし代表者名を明かしている。『代表者が分かっている新聞社や雑誌社のなかで、実名を出さない記者の記事』と、『代表者が分かっているブログサイトのなかで、実名を出さないブロガーの記事』と、表現上どれほどの質的開きがあるのだろう?


新聞記者や雑誌記者が紙面上で(他人の名は公開するのに)自分の名を公開しなくても当たり前で、それをネット上でも転載している社会において「ネット上は実名を使って発言すべき」という実名派の言い分はどうかと思う。


ネット上の実名派による「表現者が自分の名前を開示し、責任の所在を明らかにする」という言葉にも出会ったけれど、では新聞や雑誌における「表現者」というのは、いったい誰のことになるのだろう? 記事を書いた人はいったい誰なのか開示してないのに。それに僕は昔、雑誌に漫画を連載していたことがあるけど、その作者名を実名にはしていなかった。実名ではなくペンネームや芸名で表現活動する有名人がいくらでもいるけど、その人たちは実名でないから自分の表現に責任を持ってないと言うつもりだろうか。

そもそも「責任」って具体的にどういうことなんだろうなとも思う。実名派が匿名者に迫る「責任」とは何のことだろう? どうしても「責任」て言葉が正体不明で曖昧なもののように感じてしまう。ネットにおいて、この「責任」て言葉とともに僕の意識に呼び起こされるのは「誹謗中傷」とか「名誉毀損」の問題。

ネットでの実名を強く唱える人は、匿名で悪質な書き込みをする者に対して人物特定をしたいことが大きな理由となっている気がする。勝間和代さんと西村博之さんが対談した内容の一部をネットの文字で確認したが、実名派の勝間さんの意見からするに、「実名ならば悪質な書き込みをした者のIPアドレスをトレースして割り出すコストがかからない」という考えにいると思われる。その気持ちは分からないではないが、それを実現するにはどんな方法を用いても何者も自分の実名以外を名乗ることが不可能なシステムが必要だ。

勝間さんのような感覚でIPアドレスのトレースもせず名前だけで相手の特定をすることになると、非常に危険な問題があると思う。たとえばネット上である企業のトップシークレットが漏らされたとする。そのシークレットを知り得る人間はAとBとCの3人。トップシークレットを書き込んだ者の名にAの実名が記載されていたとする。この場合トップシークレットを外部に漏らした犯人は本当にAだろうか? もしかするとBかCがAの名で書いたかもしれないし、意外な人物「部外者K」がトップシークレットをつかみ、たまたま一人だけ知っていたAの実名を使って漏らしたかもしれない。

だから、プロバイダーにIPアドレス請求するコストを問題にする勝間さんは、そこにある名前だけで行動判断をする危険があるということにならないだろうか。たしかにコストは問題かもしれないが、実名制にすることで被害者救済はできないと思う。


つづく

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2010/08/04(Wed)

新聞から始まる思考-2

先日は、自分が取材された地方新聞記事がネットで配信されていたことまでを書いた。

ローカル紙のご当地記事で名前や年齢や顔写真などを含む記事が出るのは「ちょっと嬉し恥ずかし」くらいのことでよいのだが、全国どこからでも自由に確認できるネット上に自分の本名や年齢や所在地や顔写真などが出ているという状況を知ったときには「ちょっと恥ずかしい」というレベルではなく『生活の安全は大丈夫か?』と感じた。

かといって「削除してください〜!」なんてお願いするほどのことでもないなと思ったし、別に今のところ何も問題は起きてない。

・・・・・いや「何も問題なかった」と思っているのは自分だけで、当人は直接把握しようがない不利益があってるかもしれないことは考えられるが・・・・。

当人が知ることのない不利益というのは、たとえば魚屋が普通にいつも通りお店を営んでいたが、悪意を持ったある人物が「あそこの店の魚で食中毒が出たのよ」なんてウソを言ったことで、それを信じた人がその店で魚を買うのをやめたというようなこと。

魚屋は、ウソの噂を耳にはさんだ善意の客がそのことを教えてくれるまで、気づかない。あまりにひどく客が激減すれば「どうしたんだろう?」と変に思うだろうが、「今日はちょっとお客さん少なかったかな」と思う程度なら、自分の身に起きている不利益を知れないと思う。

噂の真偽に疑問を抱いた善意の客が、店に直接真偽を問うてくれるなんてことも、そうそうないだろう。「食中毒出したの?」と聞いて、それが事実だった場合のばつの悪さを考えると、善意の人は真偽の確認をしづらい。噂が「食中毒」ではなく、たとえば「あの魚屋のご主人、むかし痴漢したのよ」なんて内容だったら、本人に真偽を問うのはかなりめんどくさい。そこまでして維持するかどうかを迷わなければならない関係なんて、そうそういないだろう。(痴漢冤罪の「それでも僕はやってない」思い出した)

僕の場合、ここではない別のブログで、誰かにエッチなコメントを書き込まれたことがある。コメントを書いた人間と僕が変態的な行為をして、それが良かったからまたやりたい、といった内容だった。そして、何かのリンクが張ってあった。

リンク先は何なのか気にはなったが足をつけることでどんな罠が待っているかも怖いので、さっさとコメントを削除した。しかし、もう一度同じ内容を書かれた。

一時期アダルトサイトに引き込むために、全く趣旨の異なるブログでもエッチなコメントやトラバを打ってアクセスを引き込もうとするものはいくつか見てきたが、僕のブログに書かれたコメントは僕自身がその人と変態エッチをしたように書かれていた。これはアダルトサイトへのアクセス引きのレベルではなく、おそらく僕個人に対する嫌がらせを目的とした者の仕業だと思った。

そういうわけで、僕のブログは僕の承認なしにコメントが掲示できないスタイルにしてある。

と、まぁ、かようにネットでは思いがけない悪意に遭遇もするし、リンクやアクセス解析などネットでのあらゆるテクノロジーを使って嫌がらせなどもできることを考えると、新聞紙という媒体に情報が出ることと、ネットに同様の情報が出ることは、かなり質の違いを感じる。

新聞社は個人情報が記された記事をネット上に転載する際に、そういうところ、考えているんだろうか?



そんなことを考えていて、ふと思った・・・・・



「自分の本名とか検索したことないけど、どうなるんだろう?」




カタカタカタと自分の本名を検索窓に打ち込んだら・・・・あらら!!

検索結果にいろいろ並んだ。同姓同名で僕本人ではない人のコンテンツもある。僕本人に関するコンテンツは数年前に新聞記事になったものが、まだ残っていた(いつまで保存されてるんだろ?)。

取材を受けて新聞記事になったものが、ネットでもコンテンツにされることは分かったから、もう驚かないけれど、そもそも記事になったことさえ知らなかった別の新聞記事を、新たに発見してビックリ!

それは以前このブログで書いたボクシング試合の大会記事。試合結果に並ぶ勝者一覧のなかに僕の名前があった。

勝者として名が出ているのだから、もちろん嬉しいです。と同時に不思議な感覚。そして・・・・・よくよく見てみたら・・・・載ってる試合写真の選手は僕でしたぁ〜! 顔晒されてました〜! 嬉しいような怖いような・・・・しかし、試合やってるとき、自分がカメラマンに写真撮られてるなんて全然気づかなかった。

プロの試合さえあったのに、たまたま写真のアングルなり構図なりピント状態なりが良かったのか、使われたのは僕の試合写真。これ、老いたときの良い記念になりそう。

で、そのページをしばし複雑な心境で眺めた後、下の方へ目を落としていくと「著作権について」「プライバシポリシー」なるものの表記リンクが目に。

僕は別に嫌な気分はしてないので、自分の立場がどういう状況なのか細かく調べてはいないが、僕の実名とか僕の肖像とか、僕が知らないうちにある新聞社の著作物のパーツとなっているのかなーって、そういう風に感じた。

自分の場合「僕の写真使ってくれて嬉しいです」という気持ちだが、仮に僕がボクシングをしてることを周囲(あるいは特定の人物)に隠していたかったら、ヒヤヒヤするんだろうなとかも考えた。名前だけなら「おや、僕と同じ名前の人がいるんだね!」なんてとぼけることもできるかもしれない。実際ネットで自分の本名を検索しても、同姓同名の別人が出てくるんだから。だけど、今回は「これ、あんただろ!」と突っ込まれてもしょうがない写真付き。



ここで僕はまたまた考えた。

「個人情報だとかプライバシーとか、わりと神経使う時代だけど、こういうのってどう受け止めておくべきなんだろう?」

そこで「ネット」+「実名」で検索をかけてみた。


後日、3につづく・・・

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2010/08/03(Tue)

新聞から始まる思考-1

高校時代、クラスメイトが野球で頭角を現し、新聞の取材を受けて記事になった。

誰かが教室に持ってきた新聞を囲んでクラス中が彼の話題。そのなかで本人が、記事中に自分のセリフとされている「 」内の文章を指して何度か「俺、こんなことひとことも言ってねぇよ!」と言っていた。

「 」の中身がどんなセリフだったのか、僕はもう覚えていない。僕は「さらに良い感じに見られるように、さらに有望な強者に見られるように、記者が演出してくれたんだな」と思うと同時に、新聞は何が何でも絶対に曲がりない真実だけを書き広めているわけではないということを、うっすらと感じた。



 ▲EFUDE作「そんなの言ってねぇ」



どうであれ、それよりも「新聞で取材されるなんて凄いな」と思うばかりだったし、「このくらいの嘘(演出)は大したことじゃないし、それどころか高校球児がたくさんいるなかで君はヒーローじゃないか」といった意識が僕の頭のなかの大半を占めていた。


それから数年後、そんな出来事の記憶もすっかり頭の隅っこで眠った僕は、大学で絵の制作に励んでいた。励んでいた甲斐あって、制作した絵がたびたび受賞するようになり、新聞に名前も顔も作品も出たりするようになった。そしてとうとう、新聞記者が僕個人を取材するという日が訪れることになった。

僕は、ある音楽を聴いて浮かんだイメージを絵にしていた。その音楽には奥行きのある混声合唱がフィーチャーされていて、それを聴いていると、壁や天井に宗教絵画が描かれた荘厳な大聖堂にいるような気分になった。そこからイメージされたものを絵にしていることを、記者の方に話した。後日、新聞記事に目を通すと、こんな一文が僕のセリフとしてあった。


「宗教感覚とでも言うのでしょうか・・・」


う、う〜〜〜〜ん・・・そんなこと言ってないですけどぉー。混声合唱を聴いて宗教絵画のイメージが浮かんだってことと、僕が宗教感覚になるってことは、ちがう話だ。

ある特定の宗教や神を信じる人がいても、チャネリングとか瞑想とかする人がいても、それは自由だけど、僕自身はそういう人に思われたくなかった。新聞に書かれたその一文は、そういう人に思われそうで、いい気分じゃなかった。

もちろん、良いことで新聞に取り上げてもらったわけで、全体的には凄く有り難いことだったから、たったこの一行のために苦情を言う気なんてさらさら起きなかったけれど。

そのとき僕は高校球児だったクラスメイトの心境をリアルに分かった。

自分が生活するテリトリーに、それはたくさん配達されて、自分の知らない誰かが、本当の自分とは違う僕のイメージを(真実と思って)描くというということや、これまでの自分を知っている人が「こんな人だったんだ」と真実ではない僕のイメージを重ねることの、漠然とした恐怖・・・。

取材を受けた後、記者がどんなふうに記事を書こうが、なにを書かれたのかを知るのはバラまかれた後。それを読んでから慌てて「言ってないも〜ん!」「取り消して〜!」と一人叫んでも仕方ないんだよなーっていう、恐ろしい可能性をはらんでいるのだということに気づいた。

それが政治的な話だとか犯罪に関する話題だと、新聞記者が悪意をもって世論に影響を与えることも不可能ではない。2001年、NHKが従軍慰安婦に関する番組で政治的介入による改変を加える事件が起きた。これについて調べると、報道機関が志をなくしたらどれだけ怖いかを感じる。

幸い、僕は悪意を感じるような取材編集を受けたことはないし、悪意がないにしても非常に困ってしまって訂正を要求したくなるというほどの書かれ方をしたこともない。むしろ全体的には「ありがとうございま〜す!」と感謝している。


さて、ところで、これにもってきて、現代にはインターネットというメディアがある。これがない頃は、新聞の情報は何日か経てば包装紙やゴミとなって人々の目に触れなくなっていっただろうし、テレビも録画せず放送時間に見逃せばおしまいだった。

でも今は新聞記事もテレビ番組も、ネットで確認できる場合がある。リアルの新聞やテレビ映像はワード検索で情報を探し出すことなどできないけど、ネットの情報に変換されれば、探していたものがすぐに並び出される。しかも、新聞やテレビがローカルであっても、それが一旦ネット情報に変換されたら、瞬時に世界中で確認可能。

2、3年前だったか、ローカルの新聞取材を受けて記事になった。それがネットでも配信されてることを知ったときは少々ビビった。自分の所在地域や本名や年齢や顔の分かる写真などの個人情報がネット上で公開されていたのだ!

と・・・・長いので今回はこの辺で・・・続きはまた後日。

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2010/03/22(Mon)

りんご

忙しくて放ったらかしのブログ。とりあえず何か載せておけって感じで、見つけ出した作品データをアップ。

ある学校でお絵描き教室をしたときに準備した作例のひとつです。



一個のリンゴをモチーフに、一般的に幼児が描くような赤一色で塗りつぶされた作例から、ここにアップした作例までを数段階掲示して、対象物の観察のレベルを上げることで作品の表現がどう変化していくかを説明するのに使いました。

この作例では、一個のリンゴの中に濃い赤や薄い赤や、他にも黄色や黄緑が見られることを説明したり、陰影や光沢が加えられていることなどを説明しました。

「赤いリンゴ」とひとことに言っても、その「赤」のなかに「たくさんの種類の赤」があるって話です。描こうとする対象物のなかに微妙な色の変化を見つけ出して表現してもらうのが目的でした。

僕自身は気がつけばパソコンばかり使って作業するようになって、このときの授業の作例では久々に最初から最後まで画用紙と絵の具で作業したけれど、なんだか便利なものに慣れてしまって、自分の何かが危うくなっている気がしたりしました。

気がついたらパソコンなしで絵が描けなくなってた、なんてことがないようにしなきゃ。

テクノロジーの発展を思うとき、よく脳裏に出てくるのが、学生時代に博物館でみた古代ローマ時代の精巧な宝飾品の数々。電気も精密機器もない時代に、どうやってあれだけの繊細な装飾品を作り上げられたのかと、今考えても驚きを感じてしまいます。

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2010/02/02(Tue)

ラブリーボーン(ネタバレ)

ピーター・ジャクソンのファンになってしまったので、わざわざ劇場まで観に行きましたが、スッキリもしないし感動の涙もありませんでした。

原作が問題なのか、人物の心情などまるで描けないスピルバーグに邪魔されたのか、何を描きたい作品なのか分からぬまま劇場を出ました。

主演の女の子は良かったですが! う〜ん、妹が必死でつかんだ証拠は、おばあさんに渡した後どう落ちがついたのだ??? 惨い真実は両親がめでたく戻ったからには封じましたってことかな? 重々しく転がしていく金庫が穴に落ちる前にドンデン返しを期待させるような撮り方しないでくれ!! ただキスしたかっただけなら、もっと緊張感ない場面で盛り上げろよ〜!! あのおやじは大したこともない崖からの転落死じゃ罰が軽過ぎ。

この映画の原作は読んでないけど、こんな物語ならアレックス・シアラーの「青空のむこう」を映画にしてくれた方がよっぽど感動できた気がする。10歳で交通事故で死んだ少年が、自分の存在しなくなった世界でいろいろな思いを乗り越えて次の世界に旅立ちます。仲が良くなかったはずの級友の作文が泣けるんですよー。設定的には少女マンガ原作の「四月怪談」ぽいけどね。

ピーター・ジャクソンさん、お付き合いで仕方なかったのかもしれないけど、スピルバーグみたいな人間描写が下手な作家の指揮の下でヒューマンドラマやっちゃダメです。

P.S. 『アバター』もつまらなかったし、なかなか最近の映画には期待できないなぁ〜。頭脳明晰なだけでなくボクシングやフェンシングの達人でもあるシャーロック・ホームズをそのままのキャラでやってくれそうな映画がもうすぐ公開される。それを最近調子良くスクリーンに出ているロバート・ダウニー・ジュニアが演じるのも興味津々だが、期待しないでおいた方がちょうどいいのかも。

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2010/01/30(Sat)

記念日

今日は呪いの壷を取り出して、破壊し、山奥に破片を埋め、中身をゴミ箱に捨てた。数十年のもやもやが晴れて、すこぶる気分が良い。何というか長年の恨みを晴らしたみたいな爽快感。あと半分の呪いも、そのうち消えるだろう。とりあえず計画の半分が片付いた今日は記念日だ。(いったい何のゲームだ?)

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2010/01/22(Fri)

今日の一枚

なんて投げやりなタイトル。一ヶ月以上サボったブログのトップに出てくる広告を消すがためだけに、テキトーに昔の作品をぽいと投稿ざんす。だって人間だもの(by みつを)



鉛筆とか色鉛筆とか水彩絵の具とか使ったと思う。もう覚えてない。人間だもの。

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2009/12/20(Sun)

早稲田に3回合格して

ある方と地区会議の場で交流した。そのおじさんは、これまで続いていたあることを方針転換するよう求めたのだけど、その人の気持ちが分かると同時に、ちょっと淋しく思うことがあって、僕はとうとう自分の気持ちを皆の前で喋った。直後、おじさんはその場で結論を出すことを避けてしばらく様子を見ていこうと言ってくれた。

その後、僕は席移動でストーブの真横に。汗が出だしてタンクトップになった。(障害を持ってから体温調整がうまくできない体になり、この時期は薄着から厚着まで切り替え可能にして外出する)

会議が全て片付いて飲み食いとなり、しばらくしてから先述のおじさんが僕の横に座って声をかけて来た。何度も手招きしたのに僕は気づかなかったらしい。おじさんは、この時期にタンクトップ一枚で平気な僕が気に入ったそうだ(^o^) 健康だからではなく逆に体温調節できないからなんだけど、今回はそれが良い結果を招いたみたいだ(笑)
「俺なんかほら」と袖や靴下をめくって2重3重に着込んでいるところを見せて笑顔を向けた。

「自衛隊さん?」と聞かれ「いえ絵描きです」と答えるのは、この地区に住んで3年以上経った今もたまに。そのお決まりのやりとりのあと、おじさんは僕が意見を喋ったことを嬉しく思うと語ってくれた。僕が「この地区の人たちの人柄がいいなと思ったので」と言ったことを受け止めてくれていた。

「今度、うちに来て下さい」とまで言っていただいて、いろいろ話しているうちに、おじさんの年齢が気になって尋ねたら、なんと親子ほどの年齢差だと分かった。とてもそう見えない肌の色つやと、しゃきっとしたたたずまいにビックリ。

「若いですね!!」って驚きの声をあげると、「俺はまだまだ東京に出て勉強もしたいんだ」と言う。「何の勉強ですか?」って聞くと、おじさんは早稲田に3回も合格しながら、上京を断念し家業を支え続けて来た人だと分かった。

3回も試験受けるんだから、相当の熱意があったんだろうし、今もその気持ちを忘れていないということだ。しかも合格し続けるんだからスゴいなぁ。それだけの熱意と能力がありながら、犠牲にしなければならなかった。ニコニコ朗らかに語るおじさんの内には、いろんな思いがしまわれているんだと思う。

あと25〜30年経ったとき、僕はこのおじさん(おじいさんと言うべきなのかもしれないけど、若々しいのでとてもそう呼べない)みたいに元気で覇気があって、何かの夢も持ち続けながら生きているだろうか?

ご近所の子供の遊びの環境なども話題に上がり「部屋でゲームばかりせんで、子供は土と戯れる時期が必要だ」と言うおじさんに強く賛同! 「お子さんいくつ?」と聞かれて答えると、僕の息子と、そのおじさんの孫は同学年の同じクラスと判明! 帰宅後、息子がよく遊んでいる友達だった!!

会がお開きになった後、家でそのおじさんの話しをしていると、玄関のチャイム。応対に出た妻が僕を呼ぶ。玄関におじさんがいた。美味しい柿と、おじさんが関係する会社で作られたある製品をいただいた。おじさんありがとうございます!!

今日は、良い出会いがありました。そしてネットを通じても新しい出会いが始まりました。良い出会いは幸福な気持ちになります。良い出会いで心を元気にして、その元気を他の人にもまわして・・・そうやって、自分と親しいみんなが元気を増していったらいいなと思えた日でした。

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

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2009/12/14(Mon)

シンセ作曲1号

20年前にシンセサイザーを買って作った曲の一作目を、Cubaseでリメイクしました。



曲を作っても人に聴いてもらうことなどなかったけれど、シンセを買った楽器店の店員さんが「曲できたら聴かせて下さい」と声かけて下さって、カセットに録音して持って行ったらラジオにお呼ばれしました。

元は15分ほどの大作で、オーケストラのアレンジを目立たせて「映画のサウンドトラックのようだ」と評していただきましたが、今回のリメイクは前半のみの短縮版で、オーケストラよりエレクトリックな音色を強調しました。

この曲(元曲)でラジオに招かれて、コンテストへの出品を勧められました。「優勝まちがいナシ!」とまでおだてられてYAMAHAのコンテストに出品したら見事落選しました!(笑)

けれど、この曲がコンテスト出品のきっかけになり、その翌々年に作った歌が同じコンテストで入賞しました。

テーマ : DTM、宅録、ミックス、レコーディング、機材 - ジャンル : 音楽

タグ : 作曲 Cubase

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